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東京高等裁判所 昭和29年(う)1455号 判決

控訴人 被告人 U

弁護人 田口俊夫

検察官 小出文彦

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六拾日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添付の被告人作成名義の控訴趣意書及び弁護人田口俊夫作成名義の追加控訴趣意書と各題する書面に記載してあるとおりであるが、これに対し当裁判所は次のとおり判断をする。

弁護人田口俊夫の追加控訴趣意書における論点について。

論旨第一点の一、

家庭裁判所は、少年の保護事件につき専属的に裁判権を有するも、少年の刑事被告事件については、その裁判権を有しないところ、少年法第二十条によれば、家庭裁判所が、少年を保護事件として調査の結果、死刑、懲役又は禁錮にあたる罪の事件についてその罪質及び情状に照して刑事処分を相当と認めるときは、一定の例外の場合を除き、決定をもつてこれを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならないのであるが、その管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならないとした所以のものは、地方裁判所は、簡易裁判所が、一定の制限の下に第一審としての裁判権を有する刑事事件について、同じく第一審としての裁判権を有するばかりでなく、罰金以下の刑にあたる罪及び刑法第七十七条乃至第七十九条の罰にかかる事件のほか広く刑事事件につき第一審としての裁判権を有するところから(裁判所法第二十四条、第三十三条参照)検察官をして適正に公訴を行わしむるためには、一応広く裁判管轄を有する地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致するをもつて適当とするに出でたものと解すべく、その規定あるの故をもつて、その送致を受けた事件の公訴を行うには必ず地方裁判所に行わねばならないいわれはない。これを要するに、少年法第二十条は、特別の規定として、家庭裁判所が、検察官に公訴を行わしむべく送致した事件の事物の管轄裁判所を定めたものということはできないのであるから、家庭裁判所から送致のあつた窃盗の罪にあたる事件につき、検察官が裁判所法上もともと第一審としての裁判権を有する簡易裁判所にした本件公訴提起の手続には何等違法とすべきものはない。なるほど、少年法第五十五条には、裁判所は、事実審理の結果、少年の被告人を保護処分に付するのが相当であると認めるときは、決定をもつて、事件を家庭裁判所に移送しなければならないとあつて、簡易裁判所と雖も、一旦家庭裁判所から送致された事件を更に同裁判所に移送する決定をすべき場合もあろうけれども、元来少年は、その性格、環境等の矯正によつてする善良な社会人たり得べき契機に富むところなるをもつて、できるだけ社会防衛の保安処分を兼ねながら寧ろ少年の育成、教化を主眼とする少年法所定の保護処分の処遇に出づるをもつて相当とするから、刑事被告事件として事実審理の結果、少年を保護処分に付するを相当とする事情あるときは、簡易裁判所と雖も事件を家庭裁判所に移送すべき決定ができるとするも、実質的に何等不都合とすべきものはないばかりでなく、家庭裁判所と簡易裁判所との間には、審理管轄の上でも、訴訟法上豪も上級、下級の関係はないのであるから、簡易裁判所が、右移送の決定に出づるも、下級審の判断が上級審の判断を拘束するというが如き、裁判所法第四条の定むるところに違背するの結果を生ずるの余地はない。少年法第五十五条の規定を前提として本件公訴提起の手続をその規定に違反した無効のものであるとする所論もまた採用するに由がない。論旨はすべて理由がない。

論旨第一点の二、

少年法第四十五条第五号の規定によるときは、検察官は、家庭裁判所から送致を受けた事件について、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するときは、公訴を提起しなければならないことは、洵に所論のとおりであるが、家庭裁判所から送致された事件は、無条件にこれを起訴しなければならないものでないことは右規定自体によつて明白であると共に、送致された事件の一部についても、起訴、不起訴についての裁量の余地の存すべきことは、同号但し書の明定しているところであるから、検察官は、その一部につき、公訴を提起するところはなく、爾余の部分についてだけ起訴することができるばかりでなく、その不起訴部分についての不起訴裁量の判断に相当を欠くものがあつたからといつて、検察官において、その不起訴の措置につき国法上非難さるべきものはあるにしても、訴訟法上これがため他の部分の公訴提起の手続に訴訟条件を欠くものがあるとしてこれを公訴提起の規定に違反する無効のものとするいわれはない。されば、本件において、検察官は、家庭裁判所から事件の送致を受けながら、その事件の一部につき、公訴を提起するところのなかつたことは、洵に所論のとおりであるが、そのために本件公訴提起の手続が無効であるとすることはできない。所論は、要するに、独自の見解をもつて、少年法第四十五条第五号及び刑事訴訟法第三百三十八条第四号の規定を解釈して本件公訴提起の手続に瑕疵ありとするものであつて採用するに由がない。論旨もまたその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 三宅富士郎 判事 河原徳治)

弁護人の追加控訴趣意

第一点本件は公訴提起の手続に違法がある。

一、本件公訴の提起は何れも千葉区検察庁検察官副検事清宮善一から千葉簡易裁判所に為されていることは各起訴状の記載によつて明らかである。

元来裁判所法第三十一条の三及少年法第三条により少年保護事件は専ら家庭裁判所の専属管轄とされているところ検察庁法第二条第二号には「地方検察庁は各家庭裁判所にもそれぞれ対応するものとする」と規定されており少年の保護事件は専ら家庭裁判所で審理され同時にその家庭裁判所に対応する検察庁は地方検察庁であつて区検察庁ではないのである。

従つて本件被告人の公訴事実について家庭裁判所より逆送決定を受けた地方検察庁の検察官は事件をそのまま地方裁判所に対して公訴を提起すべきものであり簡易裁判所に対しその手続をとるのは違法であると謂わざるを得ない。

このことは区検察庁の検察官が少年事件を家庭裁判所より受理すること及び直ちにこれを家庭裁判所に送致することが出来ないのと同様である。例えば簡易裁判所において本件公判を審理中保護処分を相当とする心証を得たものと仮定してみよう。

裁判官が少年法第五十五条の規定により家庭裁判所送致の決定を言渡したとすると地方裁判所と同列、同格に在る家庭裁判所がその下級裁判所の判断に拘束されるという現象が生じ上級裁判所の判断がその同一事件の審理に関する限り下級裁判所の判断を覊束する裁判制度の基本的な構造を崩すこととなるのみでなく家庭裁判所の裁判官と簡易裁判所のそれの大部分は任用資格も異なり簡易裁判所判事の多くが特別任用者となつていることからも実務上考慮を要する重大な問題である。従つて本件は飽くまでも家庭裁判所より送致を受けた千葉地方検察庁の検察官から千葉地方裁判所に対し公訴を提起すべかりしであつたに拘らず同区検察庁に移送の裁定を為した後同区検察庁検察官より同簡易裁判所に公訴を提起したことは刑事訴訟法第三百三十八条第四号に所謂公訴提起の手続がその規定に違反した為無効であると認められるから原判決を破棄すべきものと思われる。

二、更に少年法第四十五条第五号によれば家庭裁判所より送致を受けた事件については検察官は公訴の提起を強制され一定の要件事実なき限り必らず之を起訴しなければならないのである。

本件被告人の犯行は警察官より検事に送致された事件の全部が検事より家庭裁判所に送致され(送致に当つての処分意見は恐らく刑事処分を相当とする旨附記されたのであろう)更にその全部が検事に逆送されたものであるところ家庭裁判所より逆送の決定を受けた犯罪事実で公訴を提起されていない事実が要件に及んでいる。即ち逆送決定書添付の犯罪一覧表に記載された三の事実昭和二十八年五月二十日の犯行十六の事実昭和二十九年一月十九日の犯行十七の事実昭和二十七年五月八日の犯行十八の事実昭和二十七年十月九日の犯行十九の事実昭和二十七年十一月末の犯行二十の事実昭和二十八年十月二十六日の犯行二十三の事実昭和二十九年一月二十一日の犯行二十四の事実昭和二十九年一月下旬の犯行二十六の事実昭和二十八年十二月十日の犯行二十七の事実昭和二十九年一月二十日の犯行二十八の事実昭和二十八年十二月十九日の犯行の各公訴事実が起訴洩れとなつており少年法第四十五条第五号に定めた不起訴の要件は見当らない。記録の内容から推認される事情は検察官が事件の内容を精査せず刑事処分相当の意見を附して事件全部を家庭裁判所に送致しこれが逆送を受けた後公訴を提起する際被告人が(イ)昭和二十六年七月二日窃盗罪により初等少年院送致(ロ)同二十七年十一月十四日同罪により中等少年院送致の各確定処分を受けた事に気附き逆送決定を受けた公訴事実中前記第十七及第十八の各犯行が右確定処分前の行為であつて判決主文が刑法第四十五条後段の適用ありや、若し然りとするならば数箇の不定期刑を必要とする等の疑点と煩雑さを回避したものと思われる。更に第十九の犯行は被告人が八街少年院在院中千葉市内において行つたこととなり除去されたものであろう。然し前記各十一の事実は少年法が少年事件につき旧法において定めた検察官の先議権を否定し家庭裁判所に専ら保護処分を相当とするか刑事処分に廻すべきかの審査権限を賦与しこの決定によつて検察官が拘束されるべきものとした一大原則を無視したこととなり此の点においても本件公訴は提起の手続に違反しているものと認められるから前記控訴理由と併わせ考慮して原判決を破毀せられたい。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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